molly_fdqのブログ

韓国のボーカル・グループ、フォルテ・ディ・クアトロのファンです。日本でも見れる動画のリンクや記事訳などのデータベースにしたいと思ってます。古いのから最近のまで気ままにアップします。最新の情報などはTwitterとInstagramにあげてます。訳は拙いですが、ないよりはましという方にご覧いただければと思います。

【テジン】<ラジオ>tbs eFM 「Super Radio」(20年03月分)

<3月6日分>

http://cdn.podbbang.com/data1/tbsadm/super200306004.mp3

<3月13日分>

http://cdn.podbbang.com/data1/tbsadm/super200313004.mp3

<3月20日分>

http://cdn.podbbang.com/data1/tbsadm/super200320004.mp3

<3月27日分>

http://cdn.podbbang.com/data1/tbsadm/super200327004.mp3

【ビョリ】Theater Plus 3月号 インタビュー訳

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きらびやかに成長中

- イ・ビョリ

フォルテ・ディ・クアトロの末っ子、イ・ビョリは歌を歌っていなかったなら、詩人になったと思う。質問されて、相手が退屈しない程度の間を開けて口にする言語は一様に美しい比喩になって飛んできたから。例えば、こうだ。「フォルテ・ディ・クアトロのアイデンティティは何か」というやや形式的な問いに、彼は「木」という単語を挙げた。「ここに実に素晴らしい1本の木が立っています。テジン兄さんが根っこだとすれば、私は幹、ヒョンス兄さんは枝、フンジョン兄さんは葉っぱです。私たちは、ただそれぞれの場所でできることをしただけなのに、合わさると『1本の木』という客体になるんです。この時吹き出すハーモニーとの相乗効果が私はとても好きです。」昨年冬に発売された3集アルバムについて尋ねたときも、彼の表現は新鮮だった。「クラシックとポップスを網羅した1集と2集のスペクトルは広かったです。3集もポップスと民謡があるにはあったけれど、フォルテ・ディ・クアトロに完全に集中したいという気持ちが大きかったんです。水を噴出する霧吹きにたとえてみましょうか。それまでのアルバムがレバーを握ったときにスプレーのように広く噴射されるとすれば、3集は霧吹きのフタを軽く回した時に出てくる水のように一つにまとまって強く集まって流れ出すようなものです。同じように力を入れて、同じ量の水が出るのに、広く散るものとレーザーのように出るときの感覚は、厳密には違うでしょう。」

 

予想通り、彼は考えること、歩くこと、本を読むことを楽しむ。スケジュールがないときは、家で本を読んだり軽いゲームをして、頭の中に抽象的なイメージがごちゃごちゃ出てきたときは、無計画に出かけてあてもなく歩く。歩いていると、いつの間にかすっきりと頭の中が整理されるという。無口を通り越えて怒ったような表情のため、何度も誤解されたりもしたが、彼はフォルテ・ディ・クアトロとしての生活を通して人見知りが軽減し、性格が明るくなり、相手をリラックスさせる方法も学んだ。「この3年間、兄さんたちが気にかけてくれましたが、これからはお返ししなければ。私が『フォルテ・ディ・クアトロ』に必ずいなければならない理由でもあります(笑)もしかして今、私が怒っているように見えますか?私、今日とてもいい気分ですよ!」音楽的な変化も、彼は告白するように話す。「1年前、だから2.5集アルバムを出した後、盛んに活動していた冬でした。このチームで私は高音を担当していますが、いつからか声が壊れたんです。このまま続けたらダメになるだろうなと思って矯正を受け始めました。それまで私はレッスンを一度も受けたことがありませんでした。自分1人ですべて解決していました。それが長所にもなるけれど、大きな欠点だということを自覚しました。今は幸いなことに、8時間歌っても喉も痛くない発声法に沿っています。代わりに、その前に持っていた自分のスタイルを90%捨てました。先生も驚かれていました。大抵は矯正をしても、自分のスタイルを捨てることは難しいという人が多いそうです。私はまるで排泄物のように捨てました。」彼は自分のこだわりを押し通す代わりに、賢明にもこのチームで完成させるべき声と完成させたときに輝く声を先に考えた。自分のスタイルを捨てることを恐れる代わりに、誰も自分に「お前の声、変だよ」と言わない兄さんたちが限りなくありがたいばかりだった。自分を尊重し、自分を信じて待ってくれた彼ら。

 

音楽は今でも神秘的な分野だから舞台に立つ前にとてつもない強迫観念に押しつぶされそうになったりするが、自らを絶えず省みるようになるし努力するようになるから、むしろ良いエネルギー源にもなる。最近では「自己省察」というかなり途方もない音楽的な悩みも持つようになった。音楽自体に対する発展と完成度はもちろん、その中にメッセージを込めなければならないのではないか、という悩み。コールドプレイのFix Youのように、マイケル・ジャクソンのHeal the Worldのように。

「驚くべきことにフォルテ・ディ・クアトロは今もまだ過分な愛を受けています。私たちが歌が上手いから愛されるわけではありません。そうだったとしたら、この愛は条件的な愛で、すぐに消えてしまう愛でしょう。スターとファンの距離は思ったより遠いです。それにも関わらず応援してサポートし続けてくださるのは、私たちの存在自体を愛してくださるおかげだと思います。私たちは、今の姿そのままに、暖かくジェントルなおじさんになっても歌を歌い続けるので見守ってください。」 editorイ・ミンジョン 

【テジン】Theater Plus 3月号 インタビュー訳

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もしかしたら運命

- ソン・テジン

他人に認められる前に自分に対して自信を持つことは、至極難しいことだ。バス・パートのソン・テジンもそうだった。自分の声に定見がなかった。人は大抵、天井を突き抜けそうな高音と派手な技巧を耳にして喝采と歓声を送るものだから。「私たちのチームが優勝したのは、いまだ夢のようなことですが、個人的にハーモニーの最も底辺の声を認めていただいて感謝しています。低音の魅力と感動に賛同してくださったおかげで、自分の声に確信が生まれました。」さらに、過去3年間のフォルテ・ディ・クアトロの旺盛な活動は、声への確信を「成熟」へと磨きあげていた。合間に自分の声を「著作権化」する作業も怠らない。「『舞台が師だ』という言葉を理解できるようになりました。舞台恐怖症がひどくて、心理的な状態に応じて体と喉に異なる反応が出ていましたが、今では起伏もひどくありません。何より歌やダンス、トークのような余裕や経験はともかく、根本的に逃してはいけないものについてより深く考えるようになりました。真正性なく歌えばすぐに露呈するということを悟ったというか。家庭を築いて子供を育てるまでは親の心情が分からないように、舞台に上がってみると、音楽ができるということへの感謝が増幅されるのを感じます。だからより慎重になりますし。」

だからだろうか。公演のために全国を何度も回ったにも関わらず、最も記憶に残る舞台に彼は「ファントムシンガー」の1次決勝戦を挙げた。フォルテ・ディ・クアトロが初めて作られ、500人の観客の前に立ったあの緊張してときめいたステージ。「私の声を聞きたいと駆けつけた人達を満足させたときの目つきと幸せに満ちた表情が忘れられません。観客は私達を通して喜びを得て、私は孤軍奮闘した時間をいっぺんに取り戻す感じ...まさに衝撃でした。」

 

この地の多くの声楽家が教会の聖歌隊出身であるように、声もよく音程もよかったソン・テジンも教会で歌を歌った。音楽はいつも彼の側にあったが、音感を持っていること自体がどれほど大きな才能か知らずに思春期を過ごした。そうするうちに、大学入試を前に声楽を始めることになった。クラシック音楽はいわゆる天才だけがやるものだと思っていたが、歌曲もほとんど知らない状態で短い時間になんとか準備して声楽科に入った。「クラシック音楽に夢中になりつつも、どこか虚しさがありました。ずっと前に誰かによって作曲されて詞がつけられた曲を今自分がここで歌っているということ、音符ひとつ休符ひとつ、ぞんざいにやりすごさずに他人の音楽を自分の声で歌うという事実が、何というか物足りなく思えました。そうしているうちに軍隊に行ってあれこれ歌うことになりました。ある日、『チェさんちの3番目の娘』を歌ったんですが思いがけずとても良いフィードバックが返ってきたんです。難しくもなく、声楽ならではの力とエネルギーが生かされているから。クラシックを易しく解釈した時に人と共感を形成できるという充足感に喜びを感じました。」

 

ここまで来たら「ファントムシンガー」はソン・テジンにとって運命で、必然だったのかもしれない。歌っていることだけで幸せなのに、声楽は決して難解なものではないということを国民に絶えず証明しているのだから。彼はフォルテ・ディ・クアルトが結成以来、一度も声を荒げることや意見の不一致がなかったのも、4人ともただただ感謝し、切実だったからだと言う。「公演、レコーディング、練習を繰り返して夢中で駆け抜けた3年ですが、私たちはいつも話しています。ぱっと目立つのではなく長くやろうと。音楽をやる人は結局は孤独でしかないといっても、聞いてくれる人がいなければ、もっと孤独じゃないですか。今、プレッシャーも生まれて言葉も行動も慎重になりますが、私たちの声に耳を傾けてくれるファンの皆さんのために良い音楽で報いたいです。おそらく私は『ファントムシンガー1』で落ちていたら2、3に続けて出たでしょう。奇しくも今日が『ファントムシンガー3』の初回の収録日なんですが、今、私がここにいなかったとしたら、おそらく収録会場でものすごく震えていたんじゃないでしょうか(笑)これからも初代優勝チームという自負心と責任感で最後まで初心を忘れません。」 editorイ・ミンジョン

【ヒョンス】Theater Plus 3月号 インタビュー訳

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均衡を作る楽観主義者

― キム・ヒョンス

ちょっとした一言だけでもぎこちない空気をなごませる才能を持つ人たちがいる。フォルテ・ディ・クアトロのキム・ヒョンスのように。撮影が始まってまもなく、すべてのスタッフがまだ若干固くなっていた刹那、カメラの前に立った彼がたちまち雰囲気を変えた。彼は椅子やワイングラス、食器、テーブル、さらには自分が着ているロングジャケットのベルトまで自分の周りのあらゆる物を活用して撮影現場の全員を笑顔にするのに余念がなかった。おかげでその後の撮影は笑いでいっぱいの雰囲気でスムーズに行われた。彼から意外な姿を発見したのは、その後だった。チームとしての挨拶を撮影しなければならない映像インタビューが始まった瞬間だった。それまでお茶目さと口数の多さばかり見せていたキム・ヒョンスは跡形もなく、長兄のコ・フンジョンが進行して末っ子のイ・ビョリが途中途中に適切な質問を投げかける合間に笑顔で答えるキム・ヒョンスがそこにいた。先に行われたインタビューで「メンバー同士、よく合って調和を成しているから長続きする以外考えられない」と言っていた彼の言葉を思い出した。彼が言った「均衡」とは、自身の努力が作った結果なのだなと思った。キム・ヒョンスがこれまで着実に築いてきた3年という歳月の功績をメンバーのおかげというのは自然なように感じられる。「メンバーたちが皆、賢明なおかげです。突然大成功を経験すれば、不必要に気持ちが急いてしまうし、余計な欲を出してけんかになったりケースも多いでしょう。しかし、うちのメンバーは皆、ゆっくりと、長く見ていこうということに同意しています。一度は苦労をした経験があるからでしょうか(笑)。おそらく今の機会がどれほどありがたいことか、よく分かっているからです。」

 

彼はアルバム販売、公演の観客数などフォルテ・ディ・クアトロが立てた華麗な記録ではなく、メンバーと築いた思い出を最も大切な財産として挙げている。特に2ndアルバムの準備のためにプラハで過ごした数日間は特別な思い出として残っている。古い街並みを散策しながら飲んだ一杯のビール、こじんまりとしたレコーディングスタジオ、おばあさんがエスプレッソとクッキーを売っていた地味なカフェ。「メンバーたちと一緒に過ごした時間が、自ずと音楽にも反映されると思います。レコーディングする時も、ごくありふれた葛藤さえ一度もないんです。お互い欲を出してぶつかることは想像もできません。そうして普段は古くからの友達のように楽に過ごして、舞台の上に一緒に立って多くの方々の歓声を聞く経験をして。他の人とはこんな思い出を積み重ねることができないでしょう。」ひたすら気さくに見える彼だが、フォルテ・ディ・クアトロの音楽について語る時だけはきっぱりと言い切る。「フォルテ・ディ・クアトロならではのカラーを明らかに守らなければならない」というのが彼の意見だ。韓国版「Il Divo」を作る趣旨の番組で誕生したのだから、クラシックがベースになるべきだということも。「実は私たちはどんなジャンルにも自信があります。ラップさえもね(笑)。多分、境界を限定しないで様々な試みをすれば、より大衆的な愛を受けることができるでしょう。だけど、シーズン1優勝チームとして、私たちのカラーを守ることが、すなわち後輩たちが活動していける領域を作ってあげる道だと思います。その『線』を守ることが価値あることだと思います。」

 

彼の責任感は後輩たちだけでなく、番組で競い合った共演者にも向けられている。「本当に魅力いっぱいで実力もある人達なのに、番組出演後は適した舞台が見つからず、活動が続かないケースが多いんです。おそらく、彼らに魅力を感じた視聴者の方々が、私達に愛情を送ってくださったんじゃないかと思います。だから、今まで私たちが活動できるのも、彼らの努力であり、助けによるものなんです。」彼の「ゆっくりと、長い間、調和をもって」という目標を達成するために克服しなければならない限界は何だと思うか尋ねた。「歌詞から曲まで私たちの手で作り上げたアルバムを制作する計画を立てています。この創作の過程が容易でなければ、限界を感じることもあるでしょう。」たちまち、例の明るい笑顔で、この上ない楽観主義者に戻った彼は付け加えた。「ところで私達、うまくいかないはずがあると思います?(笑)」editorキム・ウナ

 

【フンジョン】Theater Plus 3月号 インタビュー訳

メンバーごとに訳し終わったらアップしていきます。まずはフンジョンさんから。

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2つの道という必然

―コ・フンジョン

 

新たに出会った人が必然的な愛だと確信しているのに、昔の恋人との運命的な再会を果たしたというか。コ・フンジョンが「ファントムシンガー」で優勝した当時の状況を思うと、90年代の流行歌の歌詞が思い浮かぶ。ミュージカル俳優が自分の天職だと確信したとき、声楽専攻者としての初恋の「音楽」がまたやって来たのだから。どちらも諦められなかった夢だったから、2つの歯車を同時に高速回転させるしかなかった。「今振り返ってみると、どうやって過ごしてきたのかと思うほどです。当時、ミュージカル俳優としてのエネルギーがとても充実していました。意欲的に良い作品を見つける努力をしていて、「メイビー、ハッピーエンド」「ビースティ」 に「ザ・デビル」まで3つの作品を並行してやっていました。なのに、フォルテ・ディ・クアトロのアルバムのレコーディングと公演の準備まで同時に進めたので、本当に3~4ヶ月、1日も休まずに過ごしました。文字通り体ひとつでぶつかって、持ちこたえたんです。人は簡単には死なないということなのか、乗り切れました」。「その時間を通して、生涯歌を歌うためにどうやって管理すべきで何が必要なのかを悟ったように思う」という彼の言葉のように、この息つく間のない時間は歌手として、またミュージカル俳優としての基礎体力を強化するトレーニングになった。それまでは練習において時間の量を重要視していたとすれば、今はそれよりも密度に重点を置いている。そのために新たに考案した方法が「レコーディング」だ。ミュージカルでもフォルテ・ディ・クアトロの音楽でも、自分だけのスタジオで実際の公演のようにレコーディングしてみること。時間を効率的に使いつつ、歌の完成度を高めることができる最高の方法だという。

 

彼はこの3月、ミュージカル「ママ、ドント・クライ」10周年公演でドラキュラ伯爵役で観客に会う予定(訳注・新型コロナの影響で中止となりました)。短ければ2時間、長ければ3時間を他のキャラクターとして立たなければならないミュージカルは、より多くの集中力を必要とすることは事実だ。「作品ごとにジャンルや背景が違うから、その分準備する時間がより長くならざるを得ないですね。作品の情緒とキャラクターに完全に入り込まなければなりませんから。公演前の練習時間も長いけれど、同じ公演を数ヶ月に渡って繰り返しやることも、少なくないエネルギー分配を必要とします。それがミュージカルならではの醍醐味でもありますが。」ミュージカルに必然的についてくる緊張感から、フォルテ・ディ・クアトロの舞台は息をつく時間になってくれる。「ミュージカルより簡単だと言うことでは絶対にありません。でも、歌をうまく歌うことだけにひたすら集中できるということは、利点だと思います。3人のメンバーとハーモニーを合わせて1つの歌を作り出すことも面白いですし。相対的に心が楽だというか。『ヒーリング』という言葉がピッタリだと思います。」

 

完全に音楽だけで感動を作り出すことができるというのは、フォルテ・ディ・クアトロの舞台がくれる贈り物だ。コ・フンジョンが今年最も楽しみな舞台として3回目の「アンプラグド・コンサート」を挙げるのも同じ意味だ。これはマイクなどの音響機器の使用を最小限に抑えて、彼らの声だけで音楽を伝えるコンサートだ。他の公演より喉のコンディションを徹底して管理しなければならないし、すべての曲を新たに編曲しなければならないということから、容易ではない課題だが、中毒性のある魅力があるという。「歌い手として声だけで勝負するということは特別な気分です。私たちの声がいかなる音響の助けもなく、そのままホールに響くのは本当に爽快な経験です。過去のアンプラグド・コンサートでも経験しましたが、演奏がミニマルになればなるほどフォルテ・ディ・クアトロのカラーは濃くなります。今年も『濃厚な』公演を楽しみにしています。」

 

2009年に「春のめざめ」でミュージカル・デビューした彼は、昨年ミュージカル俳優として10周年を迎えた。これはフォルテ・ディ・クアトロの長兄、コ・フンジョンにとって示唆するところが大きい。「ミュージカル俳優として10年という時間を過ごしてみて、少しは感覚を掴みました。どんなところに勉強や経験が必要なのか、自分の強みは何か、どうやって管理すべきかなどですね。フォルテ・ディ・クアトロも10年くらい活動してみたら、音楽についても分かるんじゃないでしょうか。だからメンバーたちにいつも話すんです。『10年はやってみてから話そう』って。だから私たちのチームはまだ始まったばかりだということですね。」 editorキム・ウナ

【FDQ】Theater plus3月号(Naver Post)

Theater Plusのネイバーポストに3月号の記事と写真がアップされました。

訳は時間がかかりそうなのでとりあえずリンクから…。

記事は余裕のある時に少しずつやります。

 

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